- 2012年4月26日
先日、ボクネン美術館で行われた、朗読会『風のこどもたち』の様子をお届けしたいと思います。
今回で三回目になる朗読会。アナウンサーの佐渡山美智子さんとボクネンは、ラジオ『森羅万象 風のゆくえ~命の鼓動が聞こえますか~』で共演している名コンビ。会場には今回もたくさんのお客様が集まってくれました。
佐渡山美智子さんがボクネンの詩を朗読し、ボクネンがサンシンで謡う。薄暗い館内に浮かび上がる作品群がなんともいえない雰囲気を演出していました。
ボクネンは子供の頃から大人たちのサンシンを見よう見真似で覚えたとの事ですが、その腕はプロの演者の方に、負けず劣らず並々ならぬものがあります。私自身、沖縄で育った訳ではないのですが、ボクネンの歌声を聞くと何故か懐かしい気持ちになりした。
ここで、ご来場頂いたお客様の声をいくつかご紹介したいと思います。
●「別世界への旅でした。幼き頃を思い出しました。感動的でした。ありがとうございます。」 40代 女性
●「ボクネンさんの三線、唄は独特の意味があり、聴き手の心に入って心地よいものがあります。ボクネンさんの人間性がとても良く出ていてgood!でした!」 60代 女性
●「ボクネンさんの歌声に何とも言えない暖かさがあり幸せな時間を過ごせました。」
●「佐渡山さんの素敵な声に思わず引き込まれ物語がまるで目に見えるようでした。それに合わせて唄うボクネンさんの声が耳の奥に響いて様々なメッセージを下さいます。」
●「言葉と音楽と絵と、五感を豊にしてくれます。」 40代 女性
●「とてもよかった。やさしい美智子さんの声、ボクネンさんの唄三線、すべてが感動でした。ありがとう。」
●「月下美人の版画を見て、今は亡き父を思い出しました。花が好きな父は庭で毎年のように月下美人の花を咲かせていました。小学校の私は眠たい目をこすりながら懐中電灯を片手にいつまでも眺めていたものです。あの頃が懐かしく思い出せれました。機会がありましたら、また来たいと思います。ありがとうございました。」 40代 女性
不思議と子どもの頃を思い出したという方が多かったです。ボクネンは、皆が持っている、自然と戯れて育った、あの感覚を蘇らせる何かを持っているのかも知れませんね。まだまだご紹介しきれないたくさんのお声を頂きました。皆様本当にありがとうございました。
最後は恒例のボクネン美術館の當山館長によるカチャーシー。これが無いと終われません。皆さんとても盛り上がっていましたよ。この朗読会、今後も続く予定ですので、まだご覧になっていないお客様は是非ご参加下さい。ボクネン共々お待ちしております。
スタッフ 久村 洋平
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- 2012年4月 8日
ふだんよく目にする薔薇の花ですが、ボクネン作品『薔薇』に描かれたそれは、少し様子が違います。少しグロテスクで今にも蠢きそうな様は、まるで食虫植物の様にも写ります。
芽が出て、日光を浴び水や肥料をどんどん吸収し、蕾になる、そしてその過程を経てから花開こうとする瞬間の美しさには、簡単にはたどり着くことの出来ない、または操作することができないような特別な魅力にあふれています。
木版画作品『薔薇』は、」2012年7月16日(月)まで、ボクネン美術館に展示中です。
ボクネン展vol.5「人間への手紙シリーズ」第一通『差出人-花』より
美術館スタッフ 當山睦子
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- 2012年3月27日
今月の3月18日、日曜日。午後7時過ぎから約50分間。「ボクネン美術館」は緊張感と熱気に包まれました。なんとギャラリーを前にしての版画の初ライブパフォーマンスが行なわれたのです。もちろん、登場はボクネンです。
「緊張感を味わいながら作品を彫るのも楽しみだなぁ」
ボクネンはこのライブが決定してからは意外とうれしそう。しかしテレビやビデオ撮影でのライブはあるものの、観衆を集めてのライブは初体験。ボクネンと言えども次第に緊張感も高まっているようでした。
さて、当日。会場にはひときわ張り詰めた静寂なムードが...。ボクネンは紹介されたのはいいものの版木の前にしばらく立ち尽くし、なんだか場がもてないようす。
「いつもアトリエで隠れて彫っているので...」
頭をかくボクネンに会場のみなさんにも笑い声が少しずつ聞こえてきました。
それで和んだのでしょうか、おもむろに版木に当たりをつけ始めたボクネン。そして一気に彫り始めました。ときに指を斜め上に向けなにかを数えるよう。なんだか頭のなかの「絵」の配置を決めているふうです。ときどき聞こえる鼻歌ふうの唸りにもきこえる不思議な声。制作はかなりの早さなのですが、本人に言わせればいつものアトリエの制作台の上に載せる板と違ったことでうまく版木が回せなかったためにスピードは少し遅くなったと後で話していました。
「いったん彫り始めれば、アトリエであろうが美術館であろうが関係ありません。ただ集中して彫り続けるだけですからね」
というのは、これも作品を彫り終わったからあとに話してくれたこと。
さて、ライブパフォーマンス。しばらくの沈黙のなかに聞こえる彫刻刀の版木を彫る音が「サッサッサッ」と会場に響きます。いよいよ版木への彫りが完成しました。しかし出来上がった版木を会場のみなさんに見てもらっても、描かれた内容が細か過ぎてなんだかさっぱりわからないようすです。そして刷りを終り着色へ。そしていよいよ作品が完成しました。ボクネンが会場で広げてみせると驚きの声が...。
版木や刷りの段階でははっきりしなかった「緑門」の鮮やかな情景が目の前に表れたのです。
「どうしてあのスピードで細かい虫や植物などが描かれたのか、不思議です。今日はとても感動しました」
会場のみなさんが次々と感想を述べると、館内には興奮気味の拍手の渦が...。
その後ギャラリーで懇談会の時間に移り、ファンは興奮冷めやらぬ「ボクネンワールド」の夜を堪能したようすでした。
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- 2012年3月20日
ボクネン美術館に小さなお客様たちがご来館されました。社会見学でボクネン美術館を訪れた幼稚園の皆さんです。
カメラにポーズ!
「これ全部ボクネンさんが描いたのー?」「すごいー!一日で描いたの?」、子ども達は絵がこんなにたくさんある事に、まず驚いた様子。
おお!大きな絵!みんなの心にはどんな風にこの絵が映ったのかな?
大きな絵が更に大きく見えますね。このあと、美術館にある展望台から海を眺めて、更に興奮した子ども達。みんな帰りには「ありがとうございました!」と大きな声でご挨拶。
また、みんな遊びに来てね!ご来館ありがとうございました。
美術館スタッフより
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- 2012年3月14日
ボクネン版画に思いを寄せる全国の通信員たちの「声」を届けます。トップバッターは、福岡県の那和慎二さん。その20年来のファンぶりは、作家や作品の機微にふれ、思わぬ情報がいっぱいです。それでは、那和さんの『万想連鎖』シリーズをごゆっくりどうぞ。
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万想連鎖22 下心 那和慎二(福岡通信員)
ここに綴っている言葉は、すべてボクネンへの私信である。公式サイトに公表されたのは、書き送った後でそうと決まった。掲載されても、第三者が見ることを前提にしているようで違和感がないのかもしれないが、それは、私個人のボクネンへの照れとして、そうとしか表現できなかったのである。そもそも、ボクネンから絵への感想を問われて、感想という表現の仕方を知らないことに改めて気付いた。自分が書ける方法でしか表現できなかったのである。
しかし、今、公式サイトに掲載された後に芽生えた自分の中の下心を感じている。下心。その言葉の通りのいやらしい感情。ボクネンだけでなく、第三者が見るのであれば、第三者に見せるチャンスが与えられているのだから、そのことを利用しようという気持ちが芽生えていることを自覚し始めている。それは、そのことをボクネンが受け入れようと受け入れまいと、自分として好きなことではない。だから、ここにボクネンへの想いを綴ることをやめるのではなく、その下心を自覚して大きくならないよう心しながら、万想は連鎖させていきたいものだと思う。ボクネンの絵が美しいものだけを切り取らないように、万想の中に立ち現れる醜い己の心も切り取って書いておきたい。
さて、5月15日のトークライブの後、そそくさと帰ったのは、飛行機の都合もあったが、那覇市内に一つ、どうしても寄りたいところがあったからだ。離婚して糸が切れた凧のように、ふらふらと沖縄を彷徨った数年前、偶然通りかかった店で、私にシーサー作りを教えてくれた師匠。その人が、その後、公設市場の近くに開いた小さな小さなお店、「ゆくい海月」に寄りたかったのである。沖縄でビーチグラスアートの世界を切り拓いたご主人を亡くし、失意の中、沖縄に残って立ち上がり、小さなアクセサリーに独自の宇宙を創る安部井明美さん。女性向けのアクセサリーに興味はなかったが、巨大なクワズイモの葉陰に隠れるようなその空間と主のその人柄にひき寄せられていたのだ。同行していたもう一人のボクネンファンも、たちどころにその魅力を理解し、お気に入りのアクセサリーを見つけ出したので、無事、プレゼントと相成った。
さあ、ここで問題なのは、ここに、この店のことを書くこと自体に、何らかの下心が含まれているのではないかということ。第三者が見ることを前提にすれば、宣伝媒体として使うことも可能なのだ。だからと言って、健康食品だの羽毛布団だの毛生え薬を売るつもりは決してない。己が心の中にある素直なお気に入りが、あるがままに文字となって立ち現れることがある。そう受け取っていただければ幸いである。今年の台風は、その店のクワズイモを容赦なく叩きのめしたが、店の輝きは今も健在である。店主の頭には、ときどきボクネンのバンダナが巻かれている。
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- 2012年3月 4日
ボクネン美術館のとある一日を紹介したいと思います。ボクネン美術館には、よく団体のお客様が訪れて下さいます。ボクネンアートに初めて触れる方や、「知っているけど初めてこんな大きな作品を見た」と、驚かれる方など様々です。事前にご連絡頂いたお客様には、ボクネンアートについて、美術館館長や学芸員からの説明を行っています。
ボクネン美術館館長、當山がボクネンアートについて語りだすと、皆様興味深々。
ボクネンが少年の頃の話や、その頃の感覚がボクネンアートにどのように表現されているのかなどなど、興味の尽きない話が続きます。
皆様とボクネンアートとの距離がより近くなるように、ボクネン美術館では、事前にご連絡いただければ可能な限り、美術館館長や、学芸員からの説明をさせて頂きます。ご希望のお客様は、ご連絡お待ち致しております。
美術館スタッフより
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- 2012年2月22日
ボクネン版画に思いを寄せる全国の通信員たちの「声」を届けます。トップバッターは、福岡県の那和慎二さん。その20年来のファンぶりは、作家や作品の機微にふれ、思わぬ情報がいっぱいです。それでは、那和さんの『万想連鎖』シリーズをごゆっくりどうぞ。
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万想連鎖21 絵の中の鏡 那和慎二(福岡通信員)
萌 -2000-
絵を見ているようで、絵に映る自分を見ているのかもしれない。なぜボクネンの絵に惹かれるのか。それは、そこに今まで知らなかった自分が映っているからなのかもしれない。ボクネンと言わず、絵とはそういうものなのだろうか。絵と言わず、彫刻であれ、音楽であれ、自然であれ、その対象を見つめることを通して、自分自身を見つめているのだろう。巧く言葉にはできなくても、何か感じるものがある。対象によって自分の中から引き出される感情があり、その感情を通して自分自身を見つめ直したり、新しい自分を再発見する。
まだ、見ていない数千枚のボクネンの絵の中にある鏡を通して、どんな自分が見えてくるのだろうか。いつ、どこで、どんな状況のもとで絵と出会うかによって、また映り方も違ってくるのだろう。興味は尽きない。
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- 2012年2月 4日
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- 2012年2月 1日
万想連鎖20 緑門に誘われて 那和慎二(福岡通信員)
この夏、実際にボクネンに会えるかはともかく、追っかけを自任するからには、ボクネン展vol.3『ここまでおいで』~「緑門」が誘う世界~を見ておきたかった。今、自分が20年以上ボクネンファンであり続けるのも、あのとき、あの「緑門」をくぐったからだという思いがある。
自分が持っている「緑門」とは別のナンバーの「緑門」には、どんな着色がされているのか。「南の緑門」や「緑の口」、「この場所」、「島が見える緑門」、「未来からの風」、「海のふたがあいたまま」等を並べたら、どのように見えるのか。大作「節気慈風」とは4回目のご対面となるが、新たに何がみえるのか。勝手な期待も膨らませながら、くぐった2階の美術館のドアの向こう側には、意外な世界が待ち受けていた。美術館内部は、屋上に上がる螺旋階段口の先に壁とくぐり戸が設えてあり、その先に広がる世界にさらなる期待を高めることを意図しているように思われた。確かに、「節気慈風」の前に置かれたベンチにもたれて、視界いっぱいに広がる光景を独占して堪能したとき、ボクネンの眼に映った世界に自分を同化させるには、壁に隔てられた世界にくぐり戸を抜けることが大切な要素であったと思う。
しかし、今回、もっとも印象に残る1枚は、そこにはなく、くぐり戸の外、作られた壁の隅に、ひっそりと、見られることを避けているかのように掛けられた1枚、「洞窟(ガマ)から」であった。この作品は、どこかで見たような気もするが、多分、現物にお目にかかるのは初めてである。帰ってから画集をひっくり返して見たら、2000年に出版された「新撰名嘉睦稔木版画集」の中に見つけることができた。空の色もなく、モノクロ作品以上に色や明るさを感じないこの作品が選ばれて画集に載る不思議さを思っただけで、素通りしていた作品である。そもそもが暗い世界であるガマ、そこに暗い歴史をも塗り込めた沖縄のガマから見える決して明るくない外界。それは、他の緑門作品群以上に、明と暗、陰と陽、正と負を隔てる境界線を意識させるとともに、まったく逆のようでありながら、すぐそこに隣り合うそれぞれの世界の存在を意識させた。見たいも見たくないもなく、見えないものを切り取って見せるボクネンの意図しない意図が、そこにあるように感じられもする。
いつも持ち歩いているミニアルバムをボクネンに披露した。私の大切なボクネン営業ツールであるが、ボクネンに見せたかったのは、最後に差し込んだ1枚の写真、題して「私の緑門」である。熊本市内で地下水が湧き出す江津湖。その美しい水辺に芭蕉の群落がある。若夏のあふれる光を浴びてあたり一面が緑色に染まった小道。自慢の1枚ではある。しかし、機会があれば、もう1枚。鉛色の空の下で冬の寒さに枯れる芭蕉群を写してみようと思う。
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- 2012年1月20日
過去、現在、もしくは育まれて行く未来の沖縄を感じる事ができました。
黒の墨に色をつけるのは難しいだろうなぁ・・と
今日は来て良かったです。画面からほとばしり出る生命力に、見ている私までがエネルギーをもらう様な・・。
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